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“不動”のお寺でアクションを続ける女性副住職・玉井香織さんと4畳半の茶席で心をととのえる【瀧爪/旧東海道】

短い梅雨が終わり、いよいよ夏本番を迎えようと暑い日が続く東京の昼下がり。

取材した日も季節外れの真夏日となりましたが、そんな日にShinagawa peopleにぜひ行っていただきたいのが東品川の住宅街の中にひっそりとたたずむ茶席、“瀧爪”です。

ゲストの玉井香織さんがお店に向かっている後ろ姿を見つけました

まるで昭和にタイムスリップしたかのような路地を進むと、落ち着いた色調の木の塀が見えてきます。そのシンプルな店構えは、雑然とした生活感ある風景の中にまるで異世界が現れたかのようです。

暖簾をくぐった先には滝が

真っ白な暖簾をくぐると、静かな水の音が一時の清涼感を感じさせてくれます。さらに進むと、木漏れ日がキラキラと輝く縁側にて店主が出迎えてくれます。

本日、一緒に”瀧爪“を体験していただくのは、北品川のお寺“一心寺”の副住職を務める玉井香織さん。約2時間のシンプルながら贅沢な時間はこちらの4畳半の小さな和室で展開されます。
 
席に着いて最初に行うのは、お膳台の組み立て。一見、ただの板に感じるツールを手順通り組み立てていくと、小さな台が完成しました。

側面に瀧爪(TAKIZME)の“T”と“Z”の文字が浮かび上がるお膳台。
細部にもこだわりが詰まっています

お膳台を組み立てたら、お茶をじっくり味わうために瞑想を始めます。
心を静め、身体の力を抜いていきます。

心も身体もリラックスしたところで準備は完了。
都心とは思えない静寂の中で味わう、お茶と季節のお茶菓子のコース“調ふ茶”を紹介していきます。


外から見ることによって気が付く魅力


“瀧爪”は店主・滝爪さんの祖父母が生活していた一軒家を改装して2021年2月にオープンした茶席。個人的な地縁はあまりなかったものの、店舗をオープンすると決心する際に、自然にこの家に引き寄せられたのだとか。
優しい声による建物の説明と共に、滝爪さんがお茶の準備を進めてくれます。
本日最初のお茶は、福岡県八女市産の“一番摘み玄米茶”。
 
ふわりと香る玄米の香りに包まれると、自然に会話が始まります。

玉井さん:
私の実家は、北品川にある“一心寺”というお寺です。若い頃は「地元から離れて広い視野を持ちたい!」という想いが強く品川を離れていましたが、歳を重ねるうちに地元への想いが湧いてきて、気が付いたら品川に戻っていました。現在は北品川に“ハレルヤ工房”という工房を構えて、使わなくなった道具のリメイクや店舗のリノベーションを行っております。
 
大きな転機は去年でして、住職を務めている父が体調を崩してしまいました。幼い頃から心の片隅にはあったのですが、そのタイミングで「自分が後を継がなくちゃ」と本格的に考え始めたのです。新しいことにチャレンジするには若くはない上に、女性の僧侶は少ないといった不安要素もありましたが、「これからどんなことが始まるのだろう?」というワクワクを強く感じて、総本山での修行に向かいました。今は工房でのお仕事を続けながら、一心寺の副住職としてお寺にも関わっています。
 
滝爪さん:
新しい事へのチャレンジに対する“ワクワク”にはとても共感しますね。
私は学生時代に数回留学していたこともあり、卒業後はシンガポールにて就職しました。海外で生活していると、日本のことを客観的に見る事ができたのですが、その時に感じたのは「日本発の“格好良いブランド”はない」という事です。“Made in Japan”として機能性や品質を評価されているプロダクトは数多くありますが、“ブランド”としての格好良さを売りにしているプロダクトは少ない。一方で海外の方から見ると日本文化は非常に魅力的で、フランスでは“おにぎり”が飛ぶように売れていたりします。ただ、その“おにぎり”を売っているのは日本人ではないんです。日本人が日本文化に自信を持ってマネタイズできていないことに“もったいなさ”を感じていました。
 
玉井さん:
シンガポールで働いていらっしゃったのですね!一度“外に出て地元に戻って来た”という点で私と共通点がありますね。
確かに日本人は日本文化を過小評価しがちです。国内で評価されていなくても、海外で評価されることで注目を浴びて、“逆輸入”的に日本で盛り上がることが多い。なかなか国内にいると日本文化の魅力に気が付かないんですよね。
なぜお茶に着目されたのですか?
 
滝爪さん:
“日常茶飯事”という言葉があるくらい、本来は日本人にとってお茶は日常の一部だったはずです。日常の一部に溶け込んでいるという事は、魅力のある日本文化であるということです。だから、私は“お茶の本質的な魅力”を届けていきたいと思ったのです。
 
中にいると気が付けない自身の魅力。なかなか考えさせられるテーマと想いに更けていると、お膳台のお茶の横に“お出汁のプディング”が並べられました。

出汁巻き卵のような見た目ですが、口に入れると出汁と共にバニラの甘い香りが広がります。ほろ苦いカラメルソースをかければ、まさにプリンの味わいです。


コーヒーは“アクセル”で、お茶は“ブレーキ”で。


続いて2種目のお茶、宮崎県日南市産の“釜炒り玉緑茶”をいただきます。
 
茶葉が針のように伸びておらず、丸まっているのが特徴。旨味成分であるアミノ酸をたっぷり含む茶葉は、そのまま口に入れても上品な香りが広がります。
 
最後の1滴までしっかりと出し切るのも、美味しいお茶を淹れる秘訣です。

玉井さん:
日本茶にはコーヒーにはない“色気”を感じますよね。“最後の一滴まで淹れる”等の、”所作”が魅力的。滝爪さんの所作も、無駄がなくて本当に美しい。
 
滝爪さん:
もう100回以上お客様にお茶をお出ししていますからね。やはり回数を重ねるうちに、上達しているのかもしれません。
 
玉井さん:
“所作にこだわる”ことに対しては、歳を重ねるにつれて素敵だと感じるようになりました。僧侶になるための修行を経て、より強く思うようになりましたね。
 
修行は3ヵ月ほどでしたが、その中で式典での所作についても教わりました。決まり通りにできなければ注意されるのですが、それがけっこう厳しい。でも、その厳しさの中には“合理性”や“ものを大切にする気持ち”が含まれていて、そこに惹かれました。
 
滝爪さん:
所作を大切にすることで、お茶を味わう瞬間だけでなく、この時間そのものがゆったりとしたものになると感じています。やはり、“スピードを落として人生を楽しむ”ことも、私たちにとっては大事なことのはずです。
瞑想をメニューに取り入れているのは、そういった想いからでもあります。

玉井さん:
猛スピードで日々を駆け抜けていると、視野が狭くなって色々な“気付き”を見落としてしまう。徐行運転で、「お先にどうぞ」と言えるくらいでもいいですよね。
私も若いころは常に自分自身を急かすような日々を送っていたので、「もの・心・体の全てが調和できる何か良い取り組みはないか」と考えていました。そんな時に、祖父の代にお寺で行っていた“座禅”を復活させることを思いつきました。

最近は毎週水曜日と土曜日の朝にお寺での座禅会を開いています。座禅と言っても棒で肩を叩くものではなく、まさに瞑想です。
 
滝爪さん:
“人生の質”を大切にしようという考えが世の中で広まっていますからね。
こんなことを言っていますが、私も少し前まではコーヒーを毎日2ℓくらい飲みながらバリバリ仕事をしていました。
今思えば、コーヒーはアクセルのような役割でしたね。一方でお茶はブレーキ。一度ニュートラルに戻してくれる存在だと思っています。
 
冒頭の瞑想のおかげなのか、“瀧爪”での時間はとてもゆっくり流れているように感じます。スピード感を持って日々を過ごすことも大切ではありますが、たまにはこの様な雰囲気で自分を見つめなおすことも必要かもしれません。
 
そんなスローライフに花を添える“ほうじ茶団子とずんだ”が運ばれてきました。風炉で団子を炙ると、香ばしい香りが部屋中に立ち込めます。

絹豆腐で練り込んだ団子は、噛むと優しい甘味が感じられます。
まずは何も付けずそのまま、その後はお好みで“ずんだ”を載せると豆の香りを感じられます。お茶との相性も抜群です。


“伝統”も“革新”も。それぞれの味が絡み合う品川


最後にいただくお茶は、長崎県東彼杵(ひがしそのぎ)郡産の“蒸し製玉緑茶”。
これまでのお茶の中でも特に香りが強いこちらのお茶は、70℃と低めのお湯でじっくり淹れていきます。

滝爪さん:
品川界隈も再開発が進んでいく中で、昔からの風景が変わってしまうのは寂しさも感じますが、若い人たちが増えて活気が出てくることに対する期待もある。若い方々には、新しいチャレンジを積極的に行っていただき、ぜひ品川を楽しんでいただきたいです。
 
玉井さん:
品川は一部だけではなく全体的に回遊すると面白い。港南はまさに都会の風景でありながら、少し歩いて北品川に行けば昔ながらの趣がある。天王洲なんて外国みたいですしね。エリアごとに色んな味わいが楽しめるのが醍醐味だと思います。
 
滝爪さん:
私は屋形船が停泊している夜の品川浦の風景が綺麗で好きなのですが、海岸通りからみる都会らしい夜の景色も好きです。
 
玉井さん:
旧東海道周辺は歴史はあるけれど、実はこれまで伝統的な体験はあまりできなかった。瀧爪さんみたいな“場”があると、さらに奥行きが出てきますね。
お寺は動けませんが、不動だからこそできることもあると思っています。一心寺でもお寺としての伝統を守りながら、新しい取り組みも展開していきたい。そういった取り組みを、街を回遊することで楽しんでいただけたら嬉しいですね。
 
インパクト強めのお茶に合わせて、豊かな時間を締めるのは“うめ餅”。
梅干しを練り込んだ餅のしっかりとした酸味と塩味が、餡の甘さと絶妙に絡み合います。

お茶とお菓子を一通り楽しみ終えたら、最後は再び瞑想を。
先ほどまで楽しげな話し声が広がっていた4畳半の空間が、しんと静まり返ります。
 
ゆっくりと深呼吸をして、空間を漂う香木の香りを感じ、かすかな物音に耳を傾ける。
 
感覚を研ぎ澄ますことで、再び心が整っていきます。

賑やかなビジネス街の顔を持つ品川に、こんなにも時間の流れを忘れ、静かに心落ち着けられる場所があるとは。
ゆったりと流れる時に身を置き、お茶やお茶菓子をゆっくり味わうことで、心も身体もふっと軽くなる“瀧爪”。品川の新たな一面を知る事が出来ました。
 
玉井さんが副住職を務める一心寺では、毎週水曜日の朝7時と土曜日の朝7時半から座禅を行っています。明かりを落とした薄暗い本堂で、朝の商店街の生活音を聞きながら座禅をする時間は、きっと一日の始まりに充実感をもたらしてくれるはずです。

参加してみたい方は、ゲストハウス品川宿のTwitterよりDMにてお申し込みください!

ゲストハウス品川宿 Twitter
https://twitter.com/Shukuba_Staff?s=20&t=vxkdwfrZ908CYtfrIblkfg

それでは、次回の記事もお楽しみに。

【店舗情報】瀧爪


※要予約※
 
営業日|週末祝日(別日程ご希望の方はメールまたはInstagramダイレクトメールにてお問い合わせください)
住所|〒140-0002 東京都品川区東品川1丁目28−7
電話|080-9536-3260
メール|info@takizme.jp
HP|https://takizme.jp/
Instagram|https://www.instagram.com/takizme/
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