時には“孤独なグルメ”も。家族の幸せを紡ぐベンチャーCEO篠田さんが味わう香り高い手打ち蕎麦【しながわ翁/品川区北品川】
品川駅港南口から徒歩10分。港区と品川区の境目に、Shinagawa peopleが「蕎麦と言えばここ」と口をそろえる名店“しながわ翁”は現れます。
お昼は蕎麦を純粋に味わい、夜は蕎麦と共に日本酒を嗜むといった“大人”を楽しめるお店です。その美味しさは、ミシュランガイドに掲載されたことがあるほど。今回は、そんな“しながわ翁”にお邪魔しました。
50歳目前で起業、新たな挑戦に向かうゲスト
慣れた様子でのれんをくぐってきたのは、篠田徹也さん。金融・IT等の業界を経て、ファミリーテックカンパニー“株式会社スリー”を起業。新たな挑戦に日々奮闘しています。
今回は、“蕎麦好き”を自認する篠田さんがおすすめする“しながわ翁”の“味わい方”も伺っていきたいと思います。
“大人の嗜み”に憧れて。
まずは、篠田さんの“蕎麦への向き合い方”についてお話しいただきました。
篠田さん:
初めて“しながわ翁”に来たのは2007年頃ですね。昔から蕎麦が好きで、自宅や職場の近くで本格的な蕎麦を食べられるお店を探していた時に出会いました。“しながわ翁”のメニューには他のお蕎麦屋さんによくある天ぷらがないのですが、そういう所にも蕎麦に対するこだわりが感じられますし、本当に蕎麦が美味しくて、一瞬でファンになってしまいました。
私が蕎麦を食べたくなるのは“一人になりたい時”なんです。最初の一口はつゆを付けずに蕎麦の風味を味わう所から始まり、最後に蕎麦湯を注いで飲むまで、自分なりのルーティーンを決めていて、そういう所作に集中して一人の世界に浸ることで仕事に対する悩み等を一時忘れて気持ちを落ち着かせることができます。
昼はもちろんですが、夜の“しながわ翁”も最高。
30歳くらいになると“蕎麦屋で日本酒を呑む”ことに憧れたりしませんか?
板わさをつまみながら吞んでいる自分がちょっと大人に感じられる、あれです。
「携帯なんか触らずに、心を落ち着かせてこの場に集中しよう。これが大人の嗜みだぞ」と言いたいばかりに、後輩を“しながわ翁”に連れてきた事もあります(笑)。
なるほど、確かに繊細ながら深い味わいがある蕎麦に向き合う事は、心を整える一つの手法としてあり得ますね。
そうは言っても「人気のある飲食店だとなかなか集中できないのでは?」と思っていた所、店主の髙野幸久さんから“良い場”を作り出すためのヒントをいただきました。
髙野さん:
色々なお客様が同じ空間にいるという意味で、飲食店は“公共空間”だと思います。
うちの店はもちろんお子様連れも大歓迎なのですが、最近は騒いで周りのお客様にご迷惑をかけたり、テーブルを汚してもそのまま帰ってしまう親子も多いのが現状です。公共空間なので、親御さんがマナーを理解してお子様をしつけてくだされば他のお客様も気持ちよくお食事できますよね。一方で、お子様にも“ちゃんとした蕎麦”を提供する事が私なりのマナーで、食育にもつながると考えています。
篠田さん:
そうですよね。客と店に上下はなく、一緒により良い場を作り出す“主客対等”という考え方がありますけど、僕は素敵な文化だなと思っています。
そんな“大人の嗜み”の話題を察したのか、“生のりの佃煮”が運ばれてきました。冬から初夏にかけて楽しめる、自家製の逸品です。
篠田さん:
これでお酒があったら気持ちよくなっちゃうなぁ…日本酒頼んでいいですか?(笑)
他者との対話により導かれたキャリア
残念ながら取材日は平日の昼間だったので、日本酒は自粛です。
そんな我々の想いを知ってか知らずか、またまたお酒に合いそうなメニューが運ばれてきました。ホカホカの“そら豆の塩茹で”、“湯豆腐(鱈入り)”です。そら豆はまさに旬を迎えた春の味。湯豆腐はつるりとした口触りで、湯気と共に立ち上る出汁の香りが食欲をそそります。
篠田さん:
この時期のそら豆、美味しいですよね。塩加減も最高!
そしてこの湯豆腐が本当におすすめ。飲みに来た時はいつも頼んでいます。しかも期間限定の鱈入りの湯豆腐が食べられるなんて…うれしいです!
株式会社スリーを立ち上げるまでに様々な経験をされてきた篠田さん。「お酒が飲めないのであればお料理よりも濃いトークを」という事で、これまでのキャリアについて伺ってみました。
篠田さん:
キャリアのスタートは金融機関でしたが、会社規模が大きいことから「僕は会社の歯車になってしまうのかな」という思いに陥って退職し、自分探しの旅に出ました。でも“自分探しの旅”って大抵自分は見つからないんですよね(笑)。
結局は就職先を探すことになり、とある会社の面接を受けた所、面接官から「この会社はあなたの価値観に合わない。若い人を巻き込みながらまだ世の中にないものを作っていく方が、あなたの人生の在り方としては良いのではないか?」と言われて、ハッとしました。
その面接官の紹介もあり、インターネット領域のスタートアップ“クレイフィッシュ”に加わりました。当時はインターネットサービスが広がり始めた時代だったので毎日多忙でしたが、当時は初であった“日米同時上場”も果たし、貴重な体験をしました。
そんな状況の中、当時は創業間もなかった“株式会社マクロミル”から、「スタートアップの急成長を経験している篠田さんにぜひ来てほしい」とお誘いを受け、2002年に転職しました。マクロミルでは海外現地法人や子会社の代表を務めたりもして、結果的に“株式会社スリー”を立ち上げて独立した2020年まで在籍していました。
篠田さんのターニングポイントとなったのは就職活動時の面接官の言葉。「自身の内面を見てくださる方との出会いが大きかった」と回顧する中で、“他者との対話”についてお話しいただきました。
篠田さん:
クレイフィッシュを勧めてくれた面接官は僕の価値観についてたくさん質問してくれて、そこから進むべき方向へ導かれました。自身には見えない部分が、他者との対話で導かれることはあると思います。
クレイフィッシュ時代はまだ経験も足りない中で様々な業務やマネジメントを担わなければいけない状況だったので、余裕がなく社員を責めてしまうこともありました。そんな時に僕より経験のある社員が加わって、客観的なアドバイスをくれました。「まずは自分の責務に集中しなさい。自分のミッションを中途半端にして他者を責めていては良いチームにならない」って。それは今でも忘れられない言葉です。
他者との対話の中で自分の姿を見出した時、“客観性”が生まれる。客観的に物事を見る力は、篠田さんが苦しい逆境を乗り越える力につながったと話します。
篠田さん:
僕は客観性の重要性を説明する際は“ダンスフロアとバルコニー”に例えています。
ダンスフロアにいる自分は主観的で夢中で踊っている。そんな自分を高いバルコニーから客観的に見下ろすことにより、周りで踊っている人たちと調和しているか、お客さんの反応はどうかを観察することができる。そういう視点を持つと全体像の中での自分の役割が明確になり、緊張も解けるようになります。バルコニーからのぞき込むことで独りよがりのダンスを踊っていたことに気づく事ができ、仲間との調和や外部からの刺激を取り入れるともっと素敵なダンスにアレンジできる可能性が生まれるかもしれないので、客観性は非常に重要だと考えています。
逆境に陥ったときも苦しいその瞬間だけに囚われるではなく、長期的な視点で全体像を見て「この苦しみを乗り越えれば大きな自信につながる」と思えば冷静になれる。僕はそうやって何度も逆境を乗り越えてきました。映画だって、ピンチを乗り越えるシーンが最も感動しますよね。
そう言っている今もベンチャー立ち上げの真っ只中で、辛い場面も多々あります。でも、こうやって他者とお話しすることで自分の考えを整理できて、客観的な視点を取り戻せます。
「家族」は人生を懸けるテーマ
興味深いキャリアを経験した後、篠田さんは2020年に独立。“ファミリーテック”という分野に着目した“株式会社スリー”で新たなスタートを切ります。
篠田さん:
僕にとって人生を懸けられるテーマが“家族”です。
というのも、僕が家族に対して寂しい思いをした経験がありまして。一つは幼い頃に経験した両親の離婚、もう一つはマクロミル在籍中の単身赴任です。妻や子どもと離れて海外で暮らした時は、強烈に寂しかった。なので、家族とのつながりや一緒に過ごせる時間を大切にしたいという思いは人一倍強いと思います。
そんな自身の思いから開発したのが、昨年夏にローンチしたアプリ“Welldone!”です。“Welldone!”では子どもの目標や日々の習慣にしたいことを設定し、達成までのロードマップを可視化できるのですが、特徴は、家族全員のデバイスを連携させてロードマップを共有する事ができるところです。一緒に暮らす家族だけでなく、離れて暮らすおじいちゃんおばあちゃんや、かつての僕のような単身赴任中の家族からも応援してもらう事ができるので、子どものモチベーション向上にもつながります。
“Welldone!”は、物理的に離れていても家族の心理的距離を近づけてくれるアプリ。効果があるのは、子どもだけではないようです。
篠田さん:
“Welldone!”の利用は、家族との関わり方の見直しにもつながります。
僕の家族も2人の娘の小学校進学や高校受験に向けて“Welldone!”を使っています。“娘の目標”が可視化されているから、自分が娘よりも前のめりになって物を言ってしまった時も「娘は悔しかっただろうな」と父親としての言動を反省できる。それが妻との話の種にもなっており、以前よりも家庭内での対話が増えています。
いよいよお待ちかねの“もりそば(ざる)”が登場。篠田さんがそっと箸を取り、そばをすする音が響きます。じっくりと味わってから、顔を上げて一言。
篠田さん:
ああ…うまい。
逸品を生み出す蕎麦打ち道具
「最高ですね。」と表情を緩ませる篠田さん。
実は気になっている事があるとのことで、店主の髙野さんに話しかけます。
篠田さん:
お店で使う麺棒がプロ野球選手のバットの端材でできているって、本当ですか?
髙野さん:
そうなんです!松井秀喜選手やイチロー選手のバットを手掛けた職人・久保田五十一(くぼたいそかず)さんが作った麺棒で、松井選手のバットの端材を利用したものです。
蕎麦打ちの師匠から譲り受けた麺棒なのですが、師匠から認められたことがとてもうれしくて10年近く大切に使っています。長年使っていても目減りしたり、傷が付いたりもしないので、「さすが松井選手のバットの素材だな」と思っています。
実は私も昔は野球をやっていたので、伝説のバット職人が作った麺棒というのもうれしかったですね。
お店の魅力をさらに引き出してくれた篠田さん。“しながわ翁”の蕎麦がより一層美味しく感じられそうです。
そんな篠田さんは、現在はファーストプロダクト“Welldone!”の機能改善・マーケティングに奮闘中。「利用者の意見を積極的にヒアリングしながら、さらなる改良を進めたい」とのことです。ご家族で使ってみたいという方は、ぜひインストールしてみてください!
お昼に蕎麦をすすり午後からの仕事に向けて精神統一するも良し、日本酒とこだわりのお料理を楽しむも良し、の“しながわ翁”。篠田さんのように“気持ちを切り替える場所”にしてみると、より充実した品川ライフを送ることができそうです。
それでは、次回の記事もお楽しみに。
【店舗情報】しながわ翁
住所|東京都品川区北品川1-8-14
TEL|03-3471-0967
HP|https://golden-wave1911.wixsite.com/okina-site
MAP|https://goo.gl/maps/DGYTShX54ywbPMQ36